私が開院した理由

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はじめまして。

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わたしは、意識療法士®︎、マタニティセラピストの永田千尋といいます

わたしのこれまでの「心の中は暗闇人生」を交えながら、開業に至るまでのプロフィールを紹介させていただきたいとおもいます

わたしはこのような悩みを抱えていましした

わたしは、この意識医学®︎に出会う前、作業療法士としてご高齢の方々や発達に課題を抱える子どもたち、精神に病気を抱える方のリハビリを中心に活動してきました。

毎日たくさんの方々と接していることが楽しくて、担当している患者さんが元気になったり嬉しい表情をしてくれることが、自分の喜びでした。

ただ、当時は社会人としてはダメダメで。

チャレンジ精神と責任感でいろんな仕事を引き受ける割に完遂できない、着実に続けていくことができない。

そして仕事だけでなく、人間関係も、恋愛も、失敗つづき。

悪い男に騙され、SNSでは「いいね」の数ばかりみる・・・

「なんでわたしはこんななんだろう」

「どうせわたしなんて大事にしてもらえない」

次第に自分に対し自暴自棄になり、心に闇を抱えたまま、原因不明の身体の痛みと、不整脈発作、脱力、思考停止、など仕事に支障をきたし、ついに休職することになったのです

子どもの頃は

わたしは子どもの頃、とても冒険が好きな子どもでした

未知というものに好奇心が掻き立てられ、山や舗装されていない場所はワクワクしていました

おじが持っていた畑の手伝いでは、畑の土を「シャワーだ」と頭からかぶったり、寝っ転がって空をみるのが好きなわたしは「トラクターで空を持って帰りたい」と言ったこともあったそうです

おじおばに育てられた時期もあるわたしは「ち○ち○ブラブラ〜」とおじの股間で遊んだり、おばのおっ○いを触りまくったり、と少々性癖に難ありそうな(汗)そんな破天荒な幼少期を過ごしています

しかし、父が事故で亡くなり数年後に母が再婚し、物心つく頃に引っ越しや新しい父親の存在、というものを経験し、そこから周囲に心をひらけなくなっていました

あとで気づいたことですが、その頃には、優等生でいなければ、いい子でいなければ、という無意識の縛りの中で周囲の期待に応えることが当たり前になっていて、大人たちから成績や結果で褒められることが自分の安心感につながっていたように感じます

意識医学®︎との出会い、そしてスクールへ

体も心もボロボロでした。

「一旦止まりたい、一旦過去の自分をちゃんと受け入れたい」

「自分の人生は自分で変えてやるんだ」

そんな状態の時に、営業時間も他の人の予約も何もお構いなしに、電話をかけたのがきっかけです

初回の治療で、「よく頑張ったね」という一言に、今までのすべてが報われたようでした

2回目の治療で、「意識療法士®︎」というものがあり、自分で開業できる。ということを知ったわたしは、留学用にためていた貯金を、なんの迷いもなくスクールに当て、わたしの意識療法士®︎への第2章「自分が主人公の本当の人生」が始まったのです

そこからというもの、スクール卒業と同時に作業療法士をやめ、今までの自分を縛っていた常識も価値観も知識も経験もすべてをサラッと捨て、180°違う人生を歩き始めることができました

使命と信念と今後の展望

わたしと同じように、自分に自信をもてず、心の中に闇を抱えている女性は他にもいる。傲慢な言い方かもしれませんが、そんな女性の人生を、わたしは180°変えてあげたい。こんなわたしが変われたのだから、誰にでも変われるんだと実感してほしい。

「自分を変えたい」そう思えるあなたは今のままで最高なんだ、と声を大にして伝えたいのです。そして、才能なんてなくても、本当に自分の人生を未来を自分で描けるんだと、それを実感してほしいのです

わたしはこんな性格なので、時に周囲から敬遠されがちです。本当に仲良い友達も少ししかいません。でも、それでいいんです。

何ができるとかできないとか、お金持ってるとか持ってないとか、そんなので人の価値ははかれないことを知っているから。

今の時代が、不安や心配を軸に形成されているのなら、そんな縛りから、ワクワクする喜びに溢れることが軸になる世界に変えていきたい

ここから先の未来、何百年も何千年も先の未来、生きるすべての人が、悩みや辛さから解放されること。「すべてはひとつ、繋がっているんだよ」が当たり前になり、だからこそ自分にも周囲にも優しくハッピーな未来であるために、わたしは一人一人を幸せにしよう、そう感じています

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